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お茶漬け白書
日々雑感

プラン決定です*ケーキ工房

1月31日

お忙しい中を縫っての打ち合わせです

長引くかと懸念されていたプラン打ち合わせですが


お施主さんの本気モードで

一挙に平面プランが決まりました。

立面の方向性も決まり微調整に入ってます。


かわいいケーキ工房にふさわしい


ちょっとおしゃれなものになればと

期待が膨らみます。


9月くらいにはイベントをしたいとお考えです、

できればご一緒させていただければと思ってます。


おいしいケーキと

おいしいコーヒーに


楽器の生演奏にと・・・・夢が広がります。


いつも打ち合わせ後に出していただく

コーヒーが楽しみです

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(コロンビアやインドといった産地別のコーヒーが入っています)

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専用の器具でコーヒーを点てます

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アワがコーヒーをより円やかに仕上げます

本日はご友人の発注で

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アップルがたっぷり入ったオリジナルケーキを製作中でした。


材料に味に食感に

どんなデザインに仕上げるか

創作するよろこびは変えがたいものがあるようです。



工房の出来上がりも楽しみです。



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地鎮祭 in 兵庫区の家

30日神戸市兵庫区で

地鎮祭が執り行われました。


地域の氏神様に

井戸のお払いも全て含めてのお願いです。

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地鎮祭のしかたは地域で違いますが

この氏神さんは

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沈め物を埋める盛り砂に五色の紙を差込み

一緒にお払いをしていただきます。


基礎のベース(生コンクリート)を打つ時に、

四隅と真ん中に沈めるようです。

完成すればハガキに記入し、

宮司さんあてに送り

完成のご報告とお礼を氏神さんに報告されるようです。

アフターホローまでされる宮司さんは初めてで

高感度アップでした。


地鎮祭の竹は取引先の金物屋で調達してますが

竹4本と砂と縄のセットで8千円と割高です。


監督が前日から水につけていたらしく

シャンとした笹竹に気合いが入ってました。

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いつもこうありたいものです。

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ご家族4人にかわいいガールフレンドも参加しての

地鎮祭になりました。

ちょっと風邪の強い日でしたが


お天気もよく、

ほのぼのした空気で包まれました。






























セミナー「普通で普通でないプラン」

本日、セミナーでした


少しひねって、住宅のソフト面から

今まであまり触れなかったプランやデザインの話をしよう

ということになり、


設計のKさんが講師として話すことになっていたのですが・・・・・

いかんせん先週から体調を崩し

お鉢がまわってきました。

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(広い背中の後ろにもズラリ5人いたはります)

こんなときに限ってたくさんの申し込みがあって

わさわさとレジュメやパワーポイント用の資料をつくり

持ち時間をどうクリアしょうかと・・・


なんちゃらカメラマンのように

スロートークを真似ようかと

ずるい考えも一瞬頭をかすめたのであります。


最近のセミナーでは質問に継ぐ質問で

5時半をまわる事もしばしばあるのですが

本日、4時にてお開きです。


参加者のSさんがポツリ

「質問が少なかったら、こんだけ早いんですね」


ウン


タップリ2時間半やってんけど

なかなか手強いつっこみで


鍛えられた一日でした






































久保春一っあん逝く

尼崎で永年にわたり左官業を営んでいた

久保春一さんが永眠されました。

昭和43年ごろ務めていた工務店の職方さんとして


左官仕事を一手に請けて頑張っておられました。

往年の東映の時代劇スターを彷彿とする風貌で


穏やかで男気があり、

県や市でも左官組合の理事長を務めていた方です。

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建築が隆盛の時代

当時その会社では、年末の工賃支払いは


12月の支払日に前倒しで1月分も纏めて払う

という慣わしがありました。


左官屋さんには現金払いで

12月10日に一千万円をキャッシュで支払い

風呂敷に包んで帰られたことを思い出しました。

80歳を前にして

「息子も後を継がんから店を閉めるわ」

と寂しそうに語っておられましたが


店じまいしてからも

仕事が出れば、「何とかやってよ」に


「わし、鏝むらつけんのんはニガテやけど」

と言いながら5年前まで現場で

お見かけしてたんですが・・・


享年90歳

見事な左官人生を全うされました。


今では一番番頭であったT左官さんが

民家の仕事を継いでくれてます。

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何よりも左官仕事が増えない限りは

後継者も育ちません


林業も左官も木建具やも畳屋も

ぜんぶ、ぜ?んぶ

大切な日本の文化です


いい職人さんが消えていくようで・・・


あなたの部屋の一壁をシックイに

しませんか
























































なつかしい来訪

26日朝

宮崎県からなつかしいお客様がこられました。


4年ほど前に県の林務関係の役職におられた方が

大阪に営業に来られたついでにと、

お二人で訪ねていただきました。


現在も木材関連の役職につかれご活躍の様子

昔話に花が咲きましたが


どうも「ところで今年は何棟できた?」と

プレッシャーヲカケラレソウデ・・・


やっぱし

トラウマかなぁ


目ヂカラはぜんぜん衰えたはりませんでした。

さすがです。


それにつけてもご難続きの宮崎に

祈るばかりです

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当方も

正月ぶとりに見切りをつけて

そろそろ何とかせにぁ








「ヒノキのハガキと丸太の根かぶ」 後編

 国産材のPR作戦として忘れられないものがもう一つある。
昭和61年、木の日のイベントとして打ち出した「丸太の根株」の販売である。

マンション住まいの家庭にも国産材を知って欲しい。
ベランダの椅子として使うも良し、子供達に樹皮を剥がし磨かせて
自分の部屋に置くも良し、身近なところで国産材を感じて欲しいと訴えた。

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 チェーンソーでスギやヒノキの原木の根元部分を
45?程度の長さに切っただけのもので1本900円とした。
嵩と重量を考えると残っても困る。予め注文を受け発注することとし、
まだ交通量の少なかった大阪城公園駅前(環状線)を受け渡し場所に決めた。

 大型トラックに丸太を満載し、
混乱を避け朝6時?9時までの受け渡しに「丸太の朝市」と名づけた。
新聞報道により前回のハガキに負けないほどの反響となった。

5時過ぎから駅前に引き取りの車が並び、何事かと駅員も驚く始末で、
終了する頃にはポシェットが千円札で膨れ上がった。

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大阪城公園のテキ屋さんの妬みをかい、
どこの許可を受けて販売しているのかと詰め寄られる一幕もあった。
テキ屋の営業圏を荒らすつもりはさらさら無かったが、相手にはそう映ったらしい。

千円札を数えている姿を想像すれば、そう思うのも無理は無いと妙に納得した。
一般家庭だけでなく幼稚園、保育園、小学校など
30?40本取りまとめての注文も多く、
反響を知ったDIY店から100個、能面作家や彫刻家などから何度も注文が入り、
予想を遙かに上回る9,000本となった。


山崎営林署(兵庫県)にお願いし1,000個ほどは何とか調達出来たが、全く足りず
大阪営林局を通じ、鳥取、島根、岡山、和歌山、三重県とかき集めたが
運賃が嵩み1,200円の価格に修正。

「木の日」一日の筈が、引き取りに3月半ばまでかかった。

一千万円ほどの売上げに少し潤える筈であったが、計算が合わない。

朝未だ明けぬ薄暗がりに5本申し込んで7本引き取っていく人もいたようで、
商取引の上からもテキ屋に負けていた。

「木を好きな人に悪い人はいない」という竹中(当協会、故前理事長)の定説は覆された。

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(2010・森林の市)

この後も建築をする傍ら、神戸市・西神中央駅の開通イベント
「人と木のふれあい広場」・大坂城公園での様々なイベント・中の島祭りなど、
殆どの環境イベントに参加した。

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(大阪城イベント「食とくらしのフェスティバル」にて)

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(西神中央駅・開通記念イベントにて)


 いま、大阪城公園にズラリと並ぶブルーシートを見るにつけ、「丸太の朝市」を想う。


この章おわり


引き続き「見果てぬ夢に」は、国産材住宅推進協会のHPの

「国産材コラム」で掲載いたします。


ヒノキのハガキと丸太の根かぶ  ー前編ー

日本の山の願いをこめて「桧のハガキ」は生まれました。
助けて下さい! 日本の山は、あなたの助けを待っています。

国産材の価格は(桧、杉)昭和50年の半額です。
それでも少ししか利用されていません。
このままでは、わたしたちを育てる人もいなくなり、山は荒れ果ててしまいます。
わたしたちは緑の生い茂った大木に育ち、
住まいや家具など、みんなの役にたちたいのです。

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国産材の実情を住宅建築を計画している人だけでなく
多くの生活者にどのような方法で訴えるか、
考えた挙句7?厚の桧板をハガキとして使う案がまとまった。

ゴム印で作った郵便番号枠に朱肉をつけ、一枚一枚押していくという
内職的手法で「桧のハガキ」は誕生した。

セロファンの袋に先の文「日本の山の願いをこめて」をプリントし、一枚ずつ包みこんだ。
120円(昭和60年当時)切手を貼り、郵便ポストにそのまま投函できる、一枚120円。

年賀ハガキの時期を前にし、タイムリーに共同通信社が記事として取り上げ、
全国各地の新聞に掲載された。

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2?3週間は電話局に苦情が寄せられるほど2本の電話は鳴りつづけた。

所詮建築屋の考えること、製作は出入りの建具屋に任せた。
粋に感じて話しにのった建具屋も、作っても作っても注文に追いつかないことに苛立ち、
薄い手間賃で一枚ずつ面取りまでしていたのでは割に合わないと拗ね出す始末。

    

追い討ちをかけるように12月半ば、福井県のI商事さんから3万枚の注文が入った。
下戸の建具屋をどう宥めすかして間に合わせるかが一番頭の痛い問題であったが、
年末を控え、背に腹は変えられない事情があった。
一緒に手伝うことを条件に建具屋に請けてもらったが、
水の滴る桧板を前にハタと困った、乾燥が間に合わない。


除夜も正月も返上し、阿修羅のごとく髪振り乱しゴム印を押し、
年明け早々に何とか完納した。


 ほっとするのもつかの間、「不揃いで初めの商品とは比較にならない」
というお叱りの電話と返品のハガキが残った。
ソロバン勘定と納期に終始し、何の為の「桧のハガキ」なのかを忘れていたことを反省した。

現在も1枚200円で販売しているが、セロファン袋を見るたびに思い出す。


ーつづくー


2002年4月から「山林」に2年間連載

「見果てぬ夢に」から抜粋したものです

今はヒノキのハガキは販売していません。

バレンタインチョコ

22日ケーキ工房を計画中の

Yさんの打ち合わせに行ってきました。



バレンタインチョコの注文を受け

製作におおわらわの様子

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チョコで一番おいしいのは

ベルギー産だと思っていたのですが

フランスのバローナというのが

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最高級だとか


お抹茶の入ったものや

塩キャラメルがはいったもの


試作品をご馳走になりました。

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いつもハートフルな器で

やっぱり違う奥深い味

おいしかったこと


午後からはセミナーで

「失敗しない土地探しと資金予定」を


建築士事務所民家の高野さんで

初セミナーです。


パワーポイントで

レジュメも完璧


話しなれた口調で絶好調

いかんせん

時間が足りまへん


本日、嬉しいことがありました

時々見学会にも参加してくれる友人が

ご結婚をされるようです。


花の団塊世代(1世)です

「結婚とゆうより友達みたいよ」

ということですが


明日はドヌーヴの映画を見に行くとか


羨ましィッ


けど

ほんとよかったぁ


やっぱり幸せのオーラがでてる

愛に歳は関係おまへん


お幸せに












































































米松は知っている  ?3

当時、旭化成建材が木造住宅専用のALC板(パワーボード)を開発し、

特約店向けのセミナーを各地で行い、その講師依頼が竹中にあった。

関東、中部、九州と講演に回るにも、旅費の前払いをお願いしないと

行けないという情けない状態にあった。

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会社破綻から1年半後、一番迷惑をかける結果となった工務店の社長が、

ひょっこり事務所に来られた。

誰よりも協力的であり、間伐材の取り組みにも積極的で、

元大工ということもあって技術的にアドバイスをより多く受けた人である。

自ら職業病といわれるほど右肩上がりの肩に、お米を一斗かついでの訪問である。

「塩と米さえあれば生きられる」

一言の文句を言うでもなく帰って行かれた。


大三島出身で親方に手取り足取り教わったことは一度もなく

「仕事は盗むもの」と教えられ、夜中に現場に出向き、

懐中電灯をかざし仕口がどうなっているのか探ったという。

根っからの職人気質であり、苦労人でもある。

竹中の亡くなる1年前に亡くなられたが、右肩上がりの後姿は今も心に残っている。


皮肉にも米松のテーブルは7年にもわたって、

国産材利用推進活動の悲喜こもごもを見ることとなった。



この章は おわり


2002年5月掲載  「山林」見果てぬ夢 より 




米松は知っている  ?2

Aさんから与えられた新築のチャンスは、全て国産材を使用したものとし、

古民家で見られる差し鴨居工法を採用することとした。

鴨居の背を大きくし、構造として生かす工法で、現在はほとんど施工されていない。

昭和60年当時は、建築関係者にも国産材で住まいをという認識がほとんどなく、

生活者は推して知るべしであった。

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このときは奈良県吉野郡の黒滝村から木材を仕入れたように記憶している。

都会からUターンした若手の林業家や、森林組合の二代目で構成する若者が集まり

「菜子(さいこ)の会」を結成し取引きが始まった。

「菜子」とは山守が作業のために山に入るとき、三食分入る弁当箱を持参するが、

そのオカズ入れを「菜子」というらしい。


本物の吉野材だという印は木材に押されたサクラだと聞かされ、

遠山の金さんだねと笑ったことを思い出す。

民法のテレビ局が密着取材で丸二日をかけ、

吉野の山と、産直で建てられた差し鴨居の家を放映した。


ずいぶん乱暴なやり方ではあったが、テレビで訴えるには明解と、

同じ材寸のヒノキと米ツガの大引きの真中にブロックをそれぞれ同じ数だけ一昼夜ぶら下げ、

たわみ状態と復元力の違いを見るといったこともした。この説得は一般に受けた。

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ある日、打ち合わせにきた「菜子の会」のメンバーが、

やはり事務所での酒宴で「国産材の事務所に米松のテーブルがあるとはなにごとだ」と竹中に切り込んだ。

受けた竹中は「オオ!良く言った。君らもキコリの端くれなら、

このテーブルを何分で真っ二つに切れるかやってみろ」とあおった。

バタバタと車からノコギリを取ってきた彼らは、やにわにテーブルを切り出した。

酔った竹中はテーブルの上で団扇片手に囃し立て、「ヤレ何分だ」とけしかけた。

数人が入れ替わりノコを引くが、竹中の体重もかかりノコが引けない。

「哀れ米松は20分かけて、吉野の山猿に真っ二つにされた」とは、竹中の言いぐさである。


その後5年間は二つになった米松の裏側にスギ板を打ち付け、

ガタガタになるまで大切に使わせていただいた。

やはり代わりのテーブルを買える状態でないことなど、竹中の脳裏には微塵もなかったのであろう。


ーつづくー

「米松は知っている」 ?1

間伐材を使った「実験住宅」の反響に勢いを得、

国産材利用を提唱し建築会社を設立した。


一時は社員数も40名に膨れるほどの勢いを見せたが、

報告ほどの実績が上がらず、わずか3年足らずで行き詰まり、破綻したのである。

その代表取締役を兼任していた竹中は、道義的責任もあり

「全国住宅検査協会」の理事長を後続に譲り、下りる結果となった。

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社会通念に照らし、常人であれば大阪の地で活動を起こせるものではない。

ところが竹中の国産材への情熱ははるかにそれを超えていた。

1年を待たずして国産材の推進活動を始めたのである。

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昭和59年マイナスからの再出発であった。

寝食のための部屋はいらぬと、あくまでも事務所に固執したが、

お金などあるはずもなく、必死でかき集め、ようやく新大阪で8坪ほどの賃貸事務所に入居できたのである。


それでも竹中を慕い、一時は無給でもという2名の社員と、

事情を知った上で自宅の建築を任すといったAさんがいた。


事務所の3分の1をスギ板で囲い、私生活空間に当てた。

千円札1枚を握り、何日生活できるかといった日々であったが、

何もない殺風景な空間は、月を追うごとにスギ板が貼られ、

10?厚さの米松の大テーブルが居酒屋風事務所に替えていった。


入れ替わり立ち代わり焼酎を下げての旧友の来訪に、

狭い事務所は干物の匂いと国産材論議であふれた。


ーつづくー


2002年「山林」掲載「見果てぬ夢」より




間伐材から始まった  ?3?

そんな折、大阪で木材商を営むN氏が事務所を訪れ、

竹中に間伐材の活用法を考えて欲しいとの依頼があった。

足場丸太が鋼管に変わり、用途を失った間伐材は山の肥やしと化し、

成木にもその負担が掛かっているというものであった。

計らずもそれが国産材の利用拡大運動に発展するきっかけとなった。

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N氏の案内で高知の山を視察し、

「山肌に伐採された小径木が、そのまま放置されている光景に胸が熱くなった」

と後日語っている。


それからというもの、竹中の脳細胞を間伐材が支配したかと思うほど、

間伐材に明け暮れた。

今でこそ珍しくも無いが、直径10センチ程の小径木を半割りにし、

厚さ3センチの台形に加工、屋根の野地板として利用、

直径15センチ位のものはタイコ引きにして大引きとするなど、

実物大の模型まで造った。


新築(120?)を計画中の建て主に間伐材への理解を求め、

泉北ニュータウンに「実験住宅」として

間伐材を利用した家を建てさせていただいた。

今から思えば「実験」とは失礼な話であり、建主の寛容さに頭が下がる。


公開されるやいなや、北海道から沖縄まで、行政、林業、木材関連

建築関係に一般生活者と、まだ夏日の残る中、連日見学者が訪れた。

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あまりの反響と、知れば知るほど国産材の課題の多さに、

山の現状を街の生活者に伝えることの必要性を痛感した。

昭和57年仲秋の頃・・・



この章はおわり























































間伐材から始まった  2

列島改造論で、建てれば売れる時代にあり、

検査した中には何の工法なのか判断しかねるような粗悪な住宅も多かった。

孫請け、ひ孫請けはざらで、大工には程遠い職人でも仕事はあった。

ミニ開発の宅地造成も盛んで、

廃材で埋め立てられた宅地に雨水が溜まり、床下が池のようになった現場もあった。

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あきれ果てるような実態に、日本で最初の「欠陥住宅の一般公開」を

奈良県で行ったのである。

センセーショナルな訴えに、見学者も引きを切らず、

中には明らかにソレ風の人もいて、猛々しく「どこが欠陥か」と怒鳴る場面もあったが、

大勢の見学者の射るような眼差しに、そそくさと帰っていった。

実際何が起こるかといった不安もあり、

警察官に町内を数時間おきに警邏してもらった。


反響は大きく仕事は多忙を極めたが、悩む人から多大な検査料を受け取ることに戸惑いがあり、

入会金3千円、年会費2千円、基本検査料1回3万円(1人)では、

当時といえども採算の取れる数字ではなかった。

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素晴らしい先見性と発想は現在に至っても敬服に値するが、

どうも経済的視点に立って思考する回路とは、通じていなかったようだ。

一般には半官半民的な活動との誤った認識をもたれ、

ほとんどの相談者は一日を費やし、こと細かく業者との経緯を語るが、

収益には全く結びつかなかった。




裁判になれば、建築に精通する弁護士も裁判官もなく、

係争中の7?8年を傾いた家で生活しながら

ローンを払い続けなければならない建て主にすれば、

経済的、精神的ダメージは計り知れない。

欠陥住宅の問題点は、建物のみならず、精神までも欠陥にするところにある。

やり場の無い怒りが鬱積した。



ーつづくー











































あの震災の頃・・・

新聞でそれぞれの震災を読み

あのときの状況がよみがえる。


2002年4月から

社団法人「大日本山林会」の

「山林」という月刊冊子に

見果てぬ夢にと題して2年間掲載

させていただいたものの中から・・・・・一部を紹介します。

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「間伐材から始まった」


朦朧とする意識の中で、ベットを揺する激しい振動に飛び起きた。

頭の中がぐるぐる回り、何がなんだか分からないまま、

暗がりに長い揺れを耐えた。


ピチピチと床を跳ねる音に、幅1.2mの水槽が木っ端微塵に割れ

熱帯魚が跳ねる音と気づくまでに一時かかった。

恐る恐る蒲団を水浸しの床に広げ、

裸足で表に出るまでどれ程かかったのか覚えていない。


マンションの各戸から飛び出した人たちが口々に

「えらい揺れでしたなぁ」とざわめくが、

どの顔も、まさか6千人もの死者が出た震災であったとは

予想だにしていなかった。


愛犬はベットの下で小刻みに体を震わせ、

腰が抜けたのか呼んでもクンとも答えない。


平成7年1月17日未明の出来事である。


時折来る揺り戻しに、ぼんやりと昨日のことを思い出していた。

竹中の納骨式を新習志野(千葉)の霊園で執り行い、

最終の新幹線で帰阪、床に入ったのは、ほんの4時間前であった。


享年55歳、心不全で逝った竹中東吉は、

国産材住宅推進協会の創設者であり、伴侶であり、

仕事上のパートナーとして20年を伴に生きた人である。

その激しい揺れに、一瞬、

志半ばで逝った彼の無念と怒りのなせる技かと疑った。 


竹中は昭和52年、欠陥住宅の追放を訴え、

大阪の谷町に3帖ほどの事務所を間借りし、

当時ほとんど泣き寝入り状態であった欠陥住宅の

被害者側に立つ建築士として「全国住宅検査協会」を開設した。

建物のチェックを第三者的立場で行うという

全国で初めての動きを、新聞各社は挙って取り上げ、

アップでしか撮りようの無い3帖1間にテレビカメラが回った。


ニュースで取り上げられたことで、

欠陥住宅で悩む相談者の数は増え続けていった


ーつづくー













































































初市・ちっちゃな木材市

本日「ちっちゃな木材市」の初市です

ぐっと冷え込む中

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遠くからお越しいただく方もおられ

心ばかりのもてなしで

ぜんざいを炊きました。

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毎回足を運んでいただくファンもおられ

嬉しい限りです。


お子様連れの方もお越しいただき

チビちゃんたちの

嬉しそうに食べる姿に癒されました。


3歳と6歳くらいのご兄妹ですが

木が大変好きなようで

2階のスギの床が気に入ったようで

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靴下を脱ぎ「きもちいい」と満面の笑顔


協会のPRに

こども店長として抜擢したいほどです


やはりご両親が自然派であれば

子供さんもそうなるようです。

忘れたらあきまへん

子は

親の背中を見たはります




ということは

あかん


やっぱし、そうゆうことか


時すでに遅し





いやはや





























解体完了です・・・兵庫区の家

昨年4月頃から

計画していました

兵庫区のお宅が愈々スタートです

本日

解体工事が完了しました。

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両隣ともほとんど隙間のない状態で建っていました。

右端の家は後から建築されたものですが

空きが無かった為

間の外壁は防水もしていない状態でした。

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台所のあった場所から

井戸が出てきました

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底ざらえをし、真さ土を撒き

空気抜きのパイプを挿し

1月末の地鎮祭に備えます。

兼ねてより

協会傘下の建築士事務所民家では

SGEC

(持続可能な森林の管理と経営を目指す、を目的に創られた森林認証制度)

の施工認証を受けていますが

今回、その認証木材を使用します。

また

お施主さんにお願いし、

木族(機関紙)で「住まいづくり奮戦記」を

三回に分けて語っていただきます。


三月中には見学会も予定しています


是非、ご覧ください。



















マクロビオティックって何ぞや

マクロビオティック料理を

2回いただいたことがありますが


3月26日(土)に久美浜へ

マクロビオティック・食事体験と

見学ツアーをすることになり。

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(見学当日は薪ストーブを焚いてます)

もう少し知りたいと思ったところへ

タイムリーに


根っこやさんからチラシが届きました。


マクロビオティックとは

macro(大きな)+bio(生活)+tic(術・学)

で「長く思いっきり生きるための理論と方法」

ということだそうです。

創始者の故 桜沢如一氏と里真(りま)夫人が提唱し

世界に広め

欧州ではすでに認知されつつあるとか


この料理の考えは・・・

身土不二(しんどふじ)=体と環境は二つではない
           =その土地で採れた旬の食材を食べる

一物全体(いちもつぜんたい)=命あるものをまるごと


陰陽の調和=食材の持つ陰陽を考えながら調理する


三口一箸(みくちひとはし)=主食を三口食べたら副食を一箸


言い換えれば、日本古来の考えを見直し、

地産地消を基本とした安心安全な食材を使って

気候風土にあった穀物菜食の料理法


だそうです


毎月第4日曜日に根っこやさんで

料理教室(1回4千2百円)をしてるようです。

興味のある方はぜひどうぞ


作るのはどうも・・・

といわれる方は


3月26日のバスツアー(ツアー費用・5千5百円)


へおこしやす


久美浜の家(施工・建築士事務所民家)と

久美浜の古民家見学もいたします。









伊達直人と管直人

自分ならどのキャラクター名で

贈るかなと


考えたんです

例のランドセルですが・・・


ちょっと揶揄的に

管直人


かなって


そしたら、なんと、

今朝のサンケイ新聞


産経抄で「管直人」が載ってました。


鳩山さんに向けて書かれてたんですが

「もし鳩山さんに少しでも反省の気持ちがあれば

そのお金でランドセルを買い、恵まれない子供たちに

贈ればいい、

贈り主をタイガーマスクこと伊達直人でなく

管直人にすれば、皮肉も効く。


それに約束どおり議員をお辞めになるなら

買収で捕まることもあるまい。」

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なにやら


ニンマリと・・・


朝のコーヒーが旨い。


































国際会議場の見える現場

7日から

マンション改装の現場が始まりました


ヴェランダから国際会議場やリーガロイヤルホテル

が一望です。

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夏はお風呂上りに川風にあたるもよし

ロケーションはバツグンです。


10年経過したマンションですが

さすが高級マンションです

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給湯給水管には

ヘッダーが入り、

どこの蛇口に繋がっているかが明記されています


キッチン入れ替えの為

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ガスやさんが配管の変更を行ってました。


床下地には遮音シートが

敷き詰められています

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大工さんはコンパネで作った

作業台の上で下地材などを裁断します

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かくて部屋の中は埃が浮遊状態


職人さん今年もよろしゅうに

10年目の竹垣

毎年ごあいさつに伺う

武庫之荘のお宅に

今年もお邪魔しました。

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早いもので竣工から10年目を迎えます

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おいしい和菓子と

お抹茶のもてなしに

いつも

その年の新春を満喫させていただきます。


話題は奥様の新築奮戦記から

始まり、「ようやったわ」で終わるのですが


この日のために

国産材や建築にまつわる

色んな情報を集めてくださり

おみやげに頂きます。


今年は一弦琴の情報と


「利休にたずねよ」(山本兼一 作)

を頂きました。


立派なお庭ですが

10年目に入り

外構の竹の生垣がいささかぐらついて

きてるようです


ほんものにこだわり

竹材を使われたのですが

やはり

生の方が痛みが早いようです。

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今ではプラスチックや樹脂の人工竹垣が

主流のようで

ゴマ竹や煤竹に似せた

樹脂製品が出ているようですが

半端なく高価で

なかなか

選択が難しいところです。


追って提案させていただきたいと思います。






































天性の楽観に乾杯

本日より始動です


恒例の会議で

スタッフに抱負を語ってもらいました。


とにかくネガティブな考えは止めて

前向きに取り組みたい


まだ勉強することばっかりですが

多くを学ぶことが会社に反映できるよう頑張りたい


健康に配慮し、ガンバリが持続できるようにしたい


子育てが一段落し、自分磨きに読書など

をすることで、会社にも貢献できるようになりたい

など、


前向きな意見が多く

頼もしく、勇気付けられたのであります。


また、お施主様や会員の皆様から

年賀状が届き

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一枚一枚にドラマがあり

幸せにさせていただきました。


「永遠の楽観主義をもって

高い夢を追い続けろ」


は、ノーベル化学賞を受賞した

根岸英一博士の言葉です。


卑屈にならず

あきらめず

卑下せず

妬まず


幸いなる天性の楽観で

まい進したいと思います。

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さぁ、連れもって行こら





仕事始めは明日からです

あけましておめでとうございます。


明日の初出に備え

本日年賀状の整理や

年末から溜まっている新聞に


目を通しにチョイ出勤です


今年は出だしからスタートする

仕事が重なり、


忙しくさせていただけそうです。


追って

できるだけたくさんの情報が


お伝えできればと考えてます。

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先ずは

本日、足慣らしです